タンゴ学校について

今回は、私が2017年から14期生として在籍した「オルケスタ・エスクエラ・デ・タンゴ・エミリオ・バルカルセ」(Orquesta Escuela de Tango Emilio Balcarce)について書いてみたいと思います。

カタカナがズラーと並んでいてなんじゃそりゃ!?という感じですが、要約すると「タンゴ学校」、タンゴのユースオーケストラです。アルゼンチンにタンゴの音楽を学べるプロジェクトは数多くありますが、唯一ブエノスアイレス市の文化教育局が運営しているプロジェクトです。(コンセルバトリオや国立大学のタンゴオーケストラは除く)


タンゴ専門FMラジオ局 2X4内、ゴールデンタイムの番組のパーソナリティーであり、またタンゴグループ”エルアランケ”を主宰するコントラバス奏者イグナシオ・バウチャウスキー氏の発案・ディレクションで2000年に発足しました。


そして、”エミリオ・バルカルセ”とは、初期からの音楽監督を務めたマエストロの名前。プグリエーセ楽団やセステートタンゴなどで、ヴァイオリニスタ・バンドネオニスタ・作編曲家として活躍し、2007年(亡くなる4年前)までタンゴ演奏家を目指す若者に指導を続けました。その後、ネストル・マルコーニ氏が引き継ぎ、現在はビクトル・ラバジェン氏が音楽監督として私たちにタンゴのコラソン(=魂)を教えてくださっています。


現在は2年に一回オーディション(課題曲と自由曲・簡単な面接)があり、今年度は15期生が勉強しているところです。大半がアルゼンチン人ですが、タンゴを勉強するためにここを目指してやってくる、私のような外国人受験生も数多くいます。


卒業生には、現在第一線で活躍するタンゴミュージシャンが沢山。そして、日本人タンゴミュージシャンにもこのオルケスタ出身者は数多く、私で11人目です。


――タンゴってどうやって勉強するの?


ここでは、学校と言っても、座学はほんの数時間で、実践が95%。毎週2回のリハーサル(授業)、月に2回程度の本番を通して、オルケスタティピカの中でどう弾いていくかを学びます。(ここでのオルケスタティピカ編成:ヴァイオリン10人程度、ヴィオラ・チェロが二人ずつ、バンドネオン6~7台、ピアノ・コントラバス)毎回リハーサルには各楽器コーチの先生がついてくださっていて、先生たちと一緒に弾くことで沢山の学びがあります。

1年目には、黄金時代(epoca de oro)に活躍した代表的なタンゴ楽団のいわゆる”スタンダード”の演奏法を学びます。2年目には、毎回本番のたびにゲストマエストロを招き、とにかく場数を踏む、というのがコンセプト。


勉強する楽団は、ディサルリ、トロイロ、ゴビ、ダリエンソ、プグリエーセ、サルガン、ピアソラ。それぞれの代表曲を勉強するのですが、具体的に何を勉強するか?・・・そうですねぇ。タンゴのリズム、チャッチャッチャッチャッ♪でも、一拍目のチャと、二拍目のチャは、同じように弾きません。さらに各楽団によってニュアンスが違います。


例えば・・・
ズージャッ・ジャッ、チャン、だったり、(トロイロ)
ゥズァッ、ズァッ、だったり、(プグリエーセ)
ジャーアッチャッ・ジャーアッチャッ、だったり、(サルガン)
ジャーズッ・ジャーズッ、だったり、(ゴビ)


それを具体的に・技術的にどう弾き分けるか、などを勉強します。(こう、言葉にしてみると、一体何をやってんだか、という感じですね笑)

↑14期生に与えてもらった一大プロジェクト、CD”Gobbi inedito”の録音の様子


それっぽく弾くことは、録音を聴いて真似すればある程度は出来ます。これは国を問わずアルゼンチンの外でタンゴを勉強するミュージシャンにとっての共通の悩みのひとつだと思うのですが、(私も未だに悩みます)やっぱり、アルゼンチンのミュージャンが演奏するタンゴは、”なんか違う!!”んです。なんかわかんないけど、なんか違う!!(切実なので2回言いました笑)


ここではタンゴの ”レングアヘ(言語)”または、独特の ”スイング” を学ぶ、なんていう表現をしますが、言葉では説明するのがとても難しい、何か特別なしゃべり方がある気がします。そして、そこにものすごく不思議な魅力を感じて、アルゼンチンにいかなくてはいけない衝動に駆られる・・・ダンスでもきっと同じでしょうか。自分をここまで惹きつけた、「ネイティブなタンゴ」を弾けるようになりたい。私がアルゼンチンまで来て、そして住んでしまっているのは、それがおおかたの理由です。


私がここで2年間勉強してみてわかったことのひとつ。
その”なんか違う!”と思う、本場の人たちの演奏について、”血”とか、”土着”と言ったりしますが、アルゼンチン人だから誰でもプグリエーセのタンゴが弾けるわけではないこともわかりました。マエストロと一緒に弾いて、真似て、そのテクニックを盗んで、自分の演奏と何が違うのか考えて、ひたすら練習。コーチの先生たち(第一線で活躍する演奏家)でさえも私たち学生と一緒になって、マエストロ達の演奏をガン見し、真横でムービーを撮り、盗めるものは盗み、質問は遠慮なく投げかける。


この曲のこの部分(たったの一拍の瞬間だったりします)は、かかとはどう使ってるかとか、手首の柔軟さはどうだとか、指と鍵盤の距離はどのくらいか、とか・・・細かく注視して、真似していきます。アルゼンチン人だからタンゴ上手に弾けるのは当たり前でしょ、というものではなく、練習や研究の上に成り立っているものだということがわかりました。
私もこの2年間で、”え?!何それめっちゃかっこいい、それ、どーやって弾くの!?!?”がたくさん解決していきました。


これらのことは、タンゴを演奏する人が絶対に学ばなくてはいけないことではありません。ここで良しとされないような弾き方をしていても、素敵なタンゴはいっぱいあります。ピアソラだって、当時は”既存のタンゴをぶち壊した、タンゴの革命児”と呼ばれていたわけです。しかしピアソラも、元々はトラディショナルな楽団出身。私たちを熱狂させている過去のマエストロ達の積み重ねてきた音楽や表現方法をリスペクトすること。
タンゴの”故きを温ねる”ためには、世界で一番良い学校だと思います。(というか、言ってしまえばディレクターのイグナシオを筆頭にタンゴオタクの集い、なんだと思いますが、笑)


日本にいるときに、ダリエンソの白黒の動画”ロカ”に一目ぼれした私。なんじゃこりゃ、めちゃくちゃかっこいい!!!この列の中で弾きたい!!!と本気で思って、そこからブエノスアイレスにいってみたい、という願望が膨らんでいき、今に至ります。オルケスタティピカの中で弾く、勉強する、というのは私の中のひとつの夢であったので、このエスクエラで学んだ経験は本当に自分の人生の中の宝物です。

La bordona – Orquesta Escuela de Tango

“Loca” – Juan D’arienzo

↑同期の仲間たちと、先生。

・・・ここではアカデミックな勉強の場として私が在籍したタンゴ学校のお話をしましたが、実際の現場に出てみると、実は”本当のタンゴを学べる場所”はもっと違うところにある、と言われています。そのお話は、また今度!

0コメント

  • 1000 / 1000