モダンタンゴを聴いてみよう - Ramiro Gallo Quinteto

今回はブエノスアイレスの現代タンゴシーンを牽引する存在である、ヴァイオリニスト Ramiro Galloがコロナ禍第二波真っ只中に行ったストリーミングライブについてレポートします。


ラミロ・ガジョ。最近ではPedro Aznarのタンゴ曲集のアルバムでのコラボでも注目されたりしましたが、自身のグループにおいて止まることなく新しいタンゴを産み出し続けているタンゴヴァイオリニスト、作曲家です。以前は、オルケスタエスクエラ(タンゴ学校)のヴァイオリンセクションのコーチも担当していて、現在は国立サンマルティン大学のアルゼンチン音楽学科で教鞭をとっています。


ストリーミング会場はDoctor Fというレコーディングスタジオ。私もレコーディングで何度もお邪魔したことがある、素晴らしいスタジオです。ここは外出禁止令が解除されてすぐの頃から高音質ストリーミングライブを配信できるスタジオとして稼働し、ジャンル問わず沢山のライブを行っています。アーカイブも全て残っています。

3月からは毎週木曜日にストリーミングライブを行っているようです。


MCの日本語訳と共に、私がいちファンとしてあーだこーだコメントを付けています。ではでは、私と一緒にブエノスアイレス最先端のモダンタンゴを味わってみましょう!!



まず一曲目・・・攻めてる!攻めてます!!いわゆるタンゴをイメージされていた方は、こういうのはちょっと…と思われるかもしれませんが、ここで「じゃっ」と踵を返すのはもったいない!待って!動画を閉じるのはまだ待って!!

3:44頃からのコントラバスのリズムは、これはあのプグリエーセの、かの有名な「ジュンバ」です!じわりじわり詰められているような、息の長いこのフレーズの中でエレキギターがソロをしていたり、めちゃかっこいい。


そしてこのクールな曲の合間でチラチラ見えてて気になるコントラバスのネックにもご注目!なんかいる!!


2曲目(5:40~)Milonga del mago

ミロンガ、みんな弾いてて楽しそうです。これは聴きやすい!


3曲目(8:50~)

エミリオ・バルカルセへのオマージュ。一曲目同様、制作途中でまだ曲名はついていないよう。

バルカルセが誰かと言うと、プグリエーセ楽団やセステートタンゴなどで活躍した、ヴァイオリニスタ・ピアニスタであり作編曲家。現在タンゴを演奏している私たちにとってとても大事なマエストロのひとりで、沢山の教えを残してくれたタンゴ学校の最初の音楽監督であります。(正式名称:オルケスタ・デ・タンゴ・エミリオ・バルカルセ)


あと、気付いた!ピアノの上にもなんかいる!!にわとり!!ガジョ(雄鶏)だ!!


MC:「さて、今日はここで演奏することができて本当にうれしいです。

最後にぼくたちが演奏したのが2019年・・・(1919年って言いかけたよ、そのくらい時間が経ったみたいだよね、)この場所で音楽を共有することができて、またそれぞれの場所から聴いてもらうことができて、とっても感謝しています。

今は世界中のだれにとっても特別な時で、特にアート関係者にとっては踏ん張り時。どうやったら自分たちの音楽を産み続けられるか、それをどう共有していくか、皆と同じように新しい方法を模索しています。私たちのやっていることは、今この状況で生活に必要な職業とは一番遠いところに位置しています。この時間からはたくさんのものを失い、たくさんのものも得ました。熟考するための時間もたっぷりありました。今私たちにはお互いに何かを与えあうことも必要でしょう。」


ここからの4曲は、このコロナ禍に産まれた曲たち。

これらはパンデミックの最中にリハーサルを重ね、またSNS上にもアップされていたものです。


4曲目、アストル・ピアソラへのオマージュ、Odisea (20:40~)

バンドネオン大活躍、ひゃー素晴らしいです、ホアキン!!!

バンドネオンのJoaquín Benítezは、ミシオネス州の音楽一家出身、元々フォルクローレをバリバリ弾いてた人です。Youtubeで検索をかけると沢山のビデオ、自宅で録ったソロ動画などもいくつも出てきますがもうどれも素晴らしいので興味のある方はぜひ。

ちなみにこのバンドネオンはロベルト・ディ・フィリポという、超絶技巧で有名だった奏者(ピアソラが、彼には敵わない、彼と一緒だったら自分は2ndバンドネオンパートに回る、とまで言わしめた)が使っていた楽器。(おそらく!) そのバンドネオンは両手3つ4つずつくらいキーが多いのです。一度触らせてもらったことがあるのですが、その分重い。この楽器が彼の手に渡り演奏されていることはこれ以上腑に落ちることはないというか、誰もが納得する、若手バンドネオン奏者のスーパーホープです!


5曲目はワルツ、Cuanta veces, no importa (25:25~)

すてき~~~。エレキギターがメロディーをとっていておしゃれ。エレキギターはこのキンテートのサウンドで大事な役割を担っているように思います。爽やかで洗練されたイメージに。ギタリストだらけのアルゼンチンながら、エレキギターがタンゴで使われることは一般的ではありません。ピアソラのオクテート・ブエノスアイレス、またキンテート、キンテートレアルなどでエレキギターを使ったサウンドが聴けます。ちなみにギターのSantiago Vera Candiottiは自身のグループも主宰・活動し、数年前に来日もしていました。



6曲目(28:10~)アルフレド・ゴビとオルランド・ゴニへのオマージュ"Alfredo y Orlando"

MC「二人の、友達同士だったマエストロに捧げます。さあ、聴いてもらいましょう、今夜はあの二人はいったい何してるだろうね?」(ここですかさず横から「マテ茶飲んでる!」というつっこみが入る笑)


・・・うわーめちゃめちゃかっこいいいいいい。やっぱり好きです、こういうモロなタンゴ!!!

彼らが多用していた、リズミックなフレーズとメロディックなフレーズが交互に出てくるその色彩感、長いヴァイオリンソロとそこでのリズム(シンコパ)、そして前半に頻発するグリッサンドも特徴的で、どれをとっても「あーそれそれ!」と嬉しくなる。

ちなみにバンドネオンの、ブゥワァーという効果音的なもの(28:55あたりとか)は通称「Vomito」というのですが、何を意味するかというと、吐くこと。笑 汚くてすみません、なのですが、リハーサル中に「あ、ここボミトね~」とかいう会話が交わされ、楽譜にもその部分に"Vomito"とメモを書きます。笑 うあーバンドネオンのバリエーションもゴビ、ゴニっぽい!かっこいい!!クライマックスの終わると見せかけてだんだんリタルダンド(だんだん重く遅く)したあとに、一瞬ふっと止まってアッチェレランド(テンポを早める)して、チャン・チャンで終わる、というのは鉄板です!!!(タンゴ専門用語で、チャンチャンの3拍目が休符・4拍目で終わることを、通称”チャンチャン・アビエルト”と言います。カタカナにするとかわいい。)

こういうのは弾いててもとっても楽しいんですが、聴いててもとっても楽しいですね。Vamos Alfredo, Vamos Orlando!!!


7曲目(32:53~)Onirico

バンドネオンソロのカデンシアから始まります。なんて素敵なんでしょうか。あ~、素敵。Que musicalidad... いい曲ですね~。ピアノのアドリアンは、第一線で活躍するピアニスタ。教師としての評判も高く、コンセルバトリオのオルケスタの監督、そして昨年からタンゴ学校のピアノのコーチも務めています。



8曲目(45:38~) 彼の友人たちに捧げられた曲、”Caballo solo” 「聴いてくれている一人ひとりが、捧げたい人にどうぞ捧げてください。」

ピアソラのオブリビオンなどで使われているリズム、ミロンガ・レンタ。ゆっくりなミロンガ。このテンポをおよそ倍速にすると軽快なミロンガのリズムになります。(一小節のアクセントの位置から3・3・2と言ったりします)



9曲目(52:05~)

こちらも同じミロンガ・・と言えるでしょうか。ベースはずっとミロンガの3・3・2で刻んでいながら、ピアノとギターは2拍ごとにアクセントがあったり。その上でバンドネオンとヴァイオリンが八分音符で延々と別のリズムを刻み続けるポリリズム。面白いです。・・・そして急に終わる!(すると、「みんなこれを待ってるんでしょ?」、チャン・チャン、と皮肉混じりに弾いてみせる)


MC:「先日、Flor de una noche solaという、夜にだけ美しく咲く花が庭にあって、息子とパートナーと3人で眺めていたときのことです。隣にいた彼女がこうつぶやいたんです。「なぜ花は美しくて、ゴキブリは醜いんだろうね?」・・・さあ、相対的なものなのか、絶対的なものなのか、わからないけれど、その花はぼくたちに疑問を投げかけることとなりました。

思うに、コンサートというものはFlor de una noche solaと言えるでしょう。音楽はその場で生まれるもので、その音はその一瞬にしか咲きません。今夜ここで鳴った音はもう二度と同じように鳴ることはなく、それはぼくたちがその花になれるという可能性でもあります。


そしてこんなことも3人で考えました。花が夜に開くこと、そして閉じることに一体どういう意味があるんだろう?束の間に一瞬しか咲かない、はかない存在である意味とは?


・・・そんなものはなくたっていい。でもきっとひとりの子供が、その花の存在を知って、そんな美の概念について考える時間を少しの時間でも持てたこと。それは、すでにその花の存在に「意味」があると言えるでしょう。」


「こうして長い年月自分の作品を発表し続けられていること、(キンテートとしては活動21年目となるそうです)みなさんと共有できていることを、とても幸運な人生だと思っています。自分から生まれる音、そしてその音を聴くこと、それは音の贈り物と言えるのではないかと思います。贈り物は人に届けないといけないし、どんどん渡していくべきものだと思います。なので、こうして贈り物を届ける事のできる場所があるということはとても嬉しいことです。」


そして、健康でいられるようにどうか気を付けて過ごしてください、というメッセージの最後に言っていたこの一言も印象的でした。

「今私たちが感じている距離は、時に私たちを今までにないくらい繋げるものであるかもしれない。」


さて、最後の1曲は、3曲をまとめた長い曲。もうごちゃごちゃコメントは書きません。先入観などなしに、どうぞ! (1:01:10~)

Milonga del heloe / Barrio sur (ー30年以上前に、最初に作曲した作品) / Mi tango 



・・・・・・・・

私がこのラミロのキンテートを初めてライブで聴いたのはブエノスアイレスに初めて来てすぐの頃。懐かしのアルマグロタンゴクルブで聴きましたが、そのときとは全員メンバーも変わっています。個人的には、今のキンテートのサウンド、スマートながら推進力があって(コントラバスが良い!)、すごく好きです。この人がいるからこういう音が鳴るんだろうなぁ、と。まずメンバー全員作曲が出来る人たちというのはとっても重要でありながらなかなか叶わないことで、他のバンドとは大きな差がつきます。(例:キンテートレアルがそうです)

というのも、楽器ごとのタンゴの奏法はあまりにも複雑、口承からそれぞれの手癖で弾いている部分が多く、他の楽器のパート譜を一番よい方法で書き上げることは至難の業なのです。楽譜から、作曲者や編曲者の弾いてほしい奏法・意図を読み取る、ということが普通であり、「あ~はいはい、ソレって、コレだよね?」と確認したり、「それならこっちの方がイメージに合うんじゃない?」とか、そんなやり取りがリハーサルで交わされます。

各奏者が音楽を理解したうえで経験からの沢山の引き出し(タンゴの話法、特殊奏法)を持っているということ、さらに毎週のリハーサルで改良していっているからこそのサウンド。このレベルでの作品を長年産み出し続けているバンドは、モダンタンゴ界でも唯一の存在と言ってもいいのではないかと思います。


ということで。このバンドの良さがより伝わったらよいなと思い、レポートしてみました。彼らの音楽を、いつもよりもほんの少し深く聴いて頂けていたら、私も嬉しいです。


そして、最後になってしまいましたが。
これらは全て無料で視聴できますが、投げ銭はアーティストの大事な活動支援、そしてモチベーションとなります。概要欄からペイパル経由・またはメルカドパゴ(アルゼンチン)で出来るようになっています。


Ramiro Gallo - Violín

Adrián Enríquez - Piano

Santiago Vera Candiotti - Guitarra

Lautaro Muñoz - Contrabajo

Joaquín Benítez - Bandoneón


Cámaras - Josefina Chevalier / Emilio Polledo

Sonido - Agustín Silberleib

Producción y Dirección - Florencio Justo

Filmado en Estudios Doctor F.






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